『86—エイティシックス—』シリーズの第2巻にあたる『86—エイティシックス—Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉』は主人公のシン(シンエイ・ノウゼン)視点で物語が展開され、第1巻の最後に描かれていたエイティシックスの生き残りたちに宣告された『特別偵察』という終わりのない作戦の果てに、シンたちがギアーテ連邦に辿り着き保護されたその後の話が描かれています。
第1巻が綺麗にまとまっているため蛇足にならないかなと少し不安に覚えながらも第2巻を手に取りましたが、メインヒロインのレーナ(ヴラディレーナ・ミリーゼ)がほとんど出てこないというのに第1巻よりもずっと面白く感じました。
今回は『86—エイティシックス—』の第2巻『86—エイティシックス—Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉』をご紹介します。
86—エイティシックス—Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉 あらすじ
共和国の指揮官・レーナとの非業の別れの後、隣国ギアーデ連邦へとたどり着いたシンたち〈エイティシックス〉の面々は、ギアーデ連邦軍に保護され、一時の平穏を得る。
だが──彼らは戦場に戻ることを選んだ。連邦軍に志願し、再び地獄の最前線へと立った彼らは、『隣国からやってきた戦闘狂』と陰で囁かれながらも、シンの“能力”によって予見された〈レギオン〉の大攻勢に向けて戦い続ける。そしてその傍らには、彼らよりさらに若い、年端もいかぬ少女であり、新たな仲間である「フレデリカ・ローゼンフォルト」の姿もあった。
少年たちは、そして幼き少女はなぜ戦うのか。そして迫りくる〈レギオン〉の脅威を退ける術とは、果たして──?
シンとレーナの別れから、奇跡の邂逅へと至るまでの物語を描く、〈ギアーデ連邦編〉前編!
“──死神は、居るべき場所へと呼ばれる”
Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉物語の内容と感想
シンたちの旅路の果てに
第1巻の終章で再会を果たすことになったシンとレーナ。
「色々あった、ということなのだろう。こちらが色々あったのと同じように」というシンのセリフがあるのですが、第2巻はシンたちの色々あったことが描かれています。
『特別偵察』という補給も帰還さえも許されず、「敵地を行けるところまで進め」という無謀な命令を受けた東部戦線第一戦区第一防衛戦隊『スピアヘッド』の生き残りのメンバー達は、旅路の果てに敵である『レギオン』の中枢を抜け更に東へと進路を取ります。
そしてシンたちはかつてのレギオンの生みの親であるギアーテ帝国から革命・独立を果たした『ギアーテ連邦』にまで辿り着き保護されます。
生き残ったシンを含む仲間たち5人はサンマグノリア共和国で迫害されてきた事実を知ったギアーテ連邦の暫定大統領であるエルンスト・ツィマーマンに引き取られ、年相応の自由な暮らしを送ることになるのでした。
しかしそれは束の間の夢であり、自分達の居るべき場所は戦場であるとそれぞれが決意しシンたちは再び戦場に身を置くことになります。
メインヒロインの不在
第2巻ではレーナの出番はありません。
ほぼ冒頭部分でのみ彼女の様子が描写されており、話の節々に最後のハンドラーとして彼女がちらつきますが、第2巻はあくまでもシンを主観においた物語です。
代わりではありませんが、新ヒロインとしてギアーテ帝国最後の女帝フレデリカ・ローゼンフォルトが登場します。
フレデリカは妹または幼女要因ですね。
彼女は戦場ではマスコットという立場にあり、一応管制の真似事のようなこともしていますが戦力外です。
マスコットというのはギアーテ帝国時代に始まり今も尚軍の一部に残る風習で、兵士に守るべきものを作らせるための心理的な措置です。
原作小説では
元々は、徴兵された兵士達を逃がさず戦わせる策だったという。兵士達の娘や妹ほどの幼い少女を戦闘部隊に加え、寝食を共にさせて疑似的な家族を仕立て上げる。愛する『娘』を守るため、兵士たちは命を惜しまずに戦うようになる、というわけだ。
出典:86—エイティシックス—Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉42頁より
と書かれています。
作中でもフレデリカはシンによく懐きレーナとは違った可愛らしさが描かれています。
新兵器と友軍
今度はギアーテ連邦でレギオン達と戦うことになったシン達は、これまでサンマグノリア共和国で受けてきた絶望的な状況と違い試験配備された機体ですが、これまでのジャガーノートとは違うものに搭乗しています。
XM2〈レギンレイヴ〉と名付けられた新しい機体は運動性能に主眼を置き、『敵に照準させない高機動性』をコンセプトにしたギアーテ連邦の開発史上初のフェルドレスです。
ただし、ギアーテ連邦の正規軍やXM2〈レギンレイヴ〉の開発者であるグレーテ・ヴェンツェル中佐は〈レギンレイヴ〉と機体の事を呼びますが、シンたちエイティシックスは新機体であるものの設計の元となっているサンマグノリア共和国のこれまで自分たちが載ってきた機体と同じように『ジャガーノート』と呼んでいます。
流石にサンマグノリア共和国産のジャガーノートの性能にXM2〈レギンレイヴ〉は勝っており、特に足回りに性能が大幅に強化されています。
しかしグレーテが「〈レギンレイヴ〉はどうかしら、少尉?気に入ってもらえて?―――あなた達の、あのアルミの棺桶に比べて」とシンに問いかけたところ、シンは「共和国の〈ジャガーノート〉よりは多少上等な、アルミの棺桶です」と告げ、セオには「アレ要するに、ただの搭乗者クラッシャーじゃん」と言われてしまうほどです。
機動性だけを主眼に開発されたので〈レギンレイヴ〉は安全性への考慮が全くなされておらず、乗りこなすことができる者はエイティシックスであるシンたち5人とギアーテ連邦側でもごく少数しかいないようです。
ギアーテ連邦でのレギオンとの戦闘はサンマグノリア共和国でのエイティシックスとして戦ってきた環境とは全く別のものに変化しています。
完璧に整備をされた機体、エイティシックスの5人にはそれぞれの個性にあったカスタマイズが施された〈レギンレイヴ〉、惜しみのない補給とこれだけでもかなりの環境の変化ですが、更にギアーテ連邦の主力であり、装甲防御を重視したフェルドレス〈ヴァナルガンド〉が友軍として戦闘に参加している部分も大きいです。
敵であるレギオンの機体には性能では劣るものの、サンマグノリア共和国での戦いでは友軍機はすべて欠陥品〈ジャガーノート〉だけだったので、頼もしい味方ができた点で物語の幅も広がり第2巻を面白いと感じる理由の1つかなと思います。
ただしそんな環境が改善してもレギオンとの戦闘は苛烈を極めるものであるところも非常に読み応えのある点です。
知覚同調(パラレイド)
大きく改善された戦闘面ですが、サンマグノリア共和国にあってギアーテ連邦にはないものがあります。
それが知覚同調(パラレイド)というシステムです。
レギオンとの戦闘は阻電攪乱型〈アインタークスフリーゲ〉と呼ばれるレーダーや通信を無効化するジャミングの雲に覆われてしまいます。
その間の通信はサンマグノリア共和国では五感を同調させる技術『知覚同調(パラレイド)』を使って管制官と各機体を繋ぎ通信を可能にしています。
エイティシックスたちはこの知覚同調(パラレイド)に用いられるレイドデバイスをインプラントされていましたが、ギアーテ連邦に保護されたときに除去されてしまいます。
ギアーテ連邦側はシンたちが訪れるまでは無線を用いて通信を行っていましたが、知覚同調(パラレイド)を知り限定的に使用しています。
得体のしれない知覚同調(パラレイド)技術を全面的に信用はできないということなのだと思いますが、所属する国が変わったことで不自由な部分もあり、そんな部分が面白さを加速させます。
時系列
第2巻である『Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉』に描かれている物語は第1巻でレーナとシンたちエイティシックスが分かれてから終章の再会を果たすまでの間の物語です。
更に第2巻の物語も
- 第1章:ギアーテ連邦軍として戦うシンたち
- 第2章:特別偵察任務の回想
- 第3章:エルンストに保護されたシンたちの生活
- 第4章:ギアーテ連邦軍に所属するシンたちにレギオンの大規模攻勢の予測が伝えられる
- 第5章:決戦
という内容になっていますが、読んでいてどの時間軸か把握しづらいと思う箇所が度々あります。
ユージンというギアーテ連邦で出会った青年との描写が必要ではあるものの、わかりにくくなっている原因かなと思っています。
第1巻ほど悲惨な環境、待ち受ける運命の悲壮感などが第2巻では国と環境が変わったために改善され、シリアスなストーリーではあるものの第1巻ほど絶望的な状況に置かれてはいません。
しかし環境が変わったことにより友軍機の存在や不自由になった点などで物語の展開の幅が広がり、ギアーテ連邦軍でさえも及ばない絶対的なレギオンの強さが描かれ、第1巻よりも面白いという印象を受けました。
第2巻ですが、「本当の戦いがこれからはじまった」そんな物語です。
個人的には、戦う理由を失くしてしまったシンが何を理由に戦うのかと、『引きとどめる何か』がなんなのかが気になり、続きを早く読みたいと思っています。